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元々は明るい性格でしたが、高校の途中から気分変調症を発症、それでも医療機関を頼らずに何とか生きてきましたが、次第に自分を卑下する癖がついてきました。
もしかするとそのせいで、虐げられる道に入っていったような気も、しなくもありません。
2005年、小学生と幼児をもつ母親だった私は、鬱で倒れ、メンタルクリニックを受診して投薬治療を開始しましたが、人生初の躁転を経て、激鬱を繰り返して気分の乱高下が3年間続きました。
2008年からは、同クリニックにて、デパケンRを主軸とする投薬に変更、その後激鬱はなくなり、次第に寛解へ向かう5年間となっています。しかし、何日も続く鬱は無くなったものの、数時間から3日位の短い鬱がしょっちゅう来ることや、多くの日は鬱傾向でヤル気を出すのが大変(本質的には意欲はあるのに、1つ1つのことにうまくとりかかれなかったり、だるかったり、疲れたりしてしまう)など色々あって、日常生活はあまりスムーズに進んでいません。
双極性なので一生薬を飲む覚悟をしており、断薬は目指しません。その代わり、少ない薬で完全寛解を目指しています。
尚、気分の安定の為には、メンタルクリニックの薬だけでなく、ピル(マーベロン)も飲んでいます。
会社員の夫、高校生の娘、小学生の息子との4人家族です。それなりに手のかかる人達ですが楽しいです。
言うまでもなく、子供は以前ほどは手が掛からなくなったので、私の喜びの源泉といえるかもしれません。
このように、比較的普通に近いレベルで家事をしていれば、別段恥じることもないと言えよう。
私は真の専業主婦でありたいのだ。専業主婦の名を借りたニートでは居たくない。
この15日間はニートではなくちゃんと主婦だったと思う。
ちなみに日記を書き始める直前の時期はどうだったかというと、4/9-11は記録によれば鬱だった。
その前は、簡単な記録からでは、はっきりしない。やっぱり日記は大切だ。
起きていつものように5-HTPを飲んだが、何だかひどくだるい。胃腸に来る風邪を引いたらしい。すぐ横になる。微熱もある。
うつらうつらしつつ、息子に今日の予定は取りやめと告げる。目が覚めたのは午後1時。そのあとも大体横になって過ごした。
なので1日何もしなかった。夜のデジレルは4つ。
何かちょっと鬱気分で目覚めた。デジレルを1錠に減らしたのは、やりすぎだったのだろう。勇み足だった。別に薬を減らそうと焦っていたのではなく、躁が出るのを警戒してのことだった。抗鬱剤(デジレル)は鬱期になったら元通りまでは増やすつもりであって、減らしていこうとは考えてないし。
次から、胸が高鳴る感じとか血圧が上がっているかのような感じが出た場合は、デジレルを1錠まで減らすのではなく、冠元顆粒などの漢方薬で対応しよう。目に熱気がある場合は菊の花の漢方サプリで。
早速デジレルの追加1錠を朝のんだ。5-HTPは4つ。
では気分を切り替えて、やるべきことを粛々とやろう。
鬱気分はたまにかすかによぎる程度であって、動けなくなるようなものではなかったのが幸いして、家事などするうちに、気分が持ち直した。
今日やったこと
子供の調べ学習の手伝い30分
洗濯・食器洗い・ネット注文(衛生用品・ヘアブラシ・海外サプリなど)・片付け。
今日は午後に電車で出かけるので、昼すぎに夕食を作っておいた。
2:20、けっこう精神疲労感大。今から外出の支度。
かねてから予定していた、隣市へ買い物→5:10頃帰宅した。
買い物途中、テンションが下がるのを自覚した。
帰ってきてからは疲れて横になってしまい、腹部マッサージをして、うとうとしたら6:30。
夜のデジは4つにした。
中途覚醒しないよう、メラトニン(海外サプリ)を服用し、ラベンダーの精油を枕元に落として寝た。
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明日4/29(祝)は日記をお休みするので、予定をここに書いておく。
息子と2人で、都内へ、オーケストラ(クラシック)のコンサートを聴きに。
(昼間やる親子向けのカジュアルなやつ。)
11時過ぎから出かける支度、5時頃帰宅予定。
疲れそうだなあ…
5-HTP 3つ。
AM 家族と過ごしながら家事。
といっても、週1の生協注文のカタログを見るのに時間を取られる(毎回)ので、
その他は大したことはできなかった。
でもだいぶ暖かくなったので電気ストーブを片づけた。
PM ホームセンター 1:15~3:20(チャリ片道30分の往復含む)
お目当ての物がなく、ガムテープ位しか買えなかった。
帰宅後は疲れて30分位ウトウト。いつもはチャリ1時間位では疲れないのだが、
今日は今年一番の強い日差しで、風も強かったからかな。
その後は家族での室内レジャー。
気分は冷静で、躁という感じはしないが、何だか血圧が上がっているかのような感覚が今日はあるのと、このごろずっと好調が続いているので、デジレルを思い切って1錠にしてみる。
今日の5-HTP 4つ。
咽喉の痛みが復活してるので、プロポリス飴をなめる。漢方トローチをなめることもよくある。
今日は昨日と違って8時半から家事を始められているので能率が上がりそうだ。
気分はニュートラル。私にしてはヤル気充実モード。
カーテンが外れてるのを直したり、この日記書いたりで40分押しの10:10に外へ。
銀行(生活費おろす)---混んでる割にすぐ済んだ。
郵便局で振込---空いてたのに時間がかかった。
スーパーで買い物。
ドラッグストア。もう4月下旬なのに今年は窓用の虫除けを買ってなかったから、死んだ小さな虫が網戸のそばに落ちまくっていて気持ち悪かったので、ベランダに置いたり網戸に吊るしたりする虫除けを買う。鼻炎薬もコルゲン錠にするかクニヒロ錠にするか迷ったので少々時間をかけてしまった。又、お気に入りのボールペンが新モデルが出てしまっていて旧モデルがどこにも売って無くて困っていたのが、何とこの店で見つけてゲット(2本しか無かったが、もっと欲しかった)。
帰宅12:10。
昼食と後片付け、この日記書くなどして、12:45には午後の仕事に取り掛かろうと思ったのに…
夫から電話で急に振込を頼まれた。今日の3時が締切だそうだ。
1:20から、外出後にすべきこと、おろしたお金の整理、及び、昨日の続きの、会計の月集計。おおっ、意外に早く終わった。1:50。
目を閉じて休憩したり、腹部マッサージしたりした後、いよいよ今日のメインの仕事にとりかかる。日の出が早くなって、朝早くから遮光カーテンの隙間からの光で目が覚めて困っているので、それを改善する遮光作戦だ。
3:35-45と4:15-5:10の2回の休憩をはさみ、片付けまで含めると6時近くまでかかった。
2度目の休憩が長かったのは、かなり疲れてしまっていたから、なかなか続きに取りかかれなかったのだ。デパス頓服で回復。その後は、音楽をかけながらやったら疲れを感じなかったから、最初からそうすればよかった。
さあ果たして効果は出るかな?明日の朝、少し遅くまで寝る(目覚ましを8~9時にする)つもりだから、目覚ましまで寝れるか楽しみ。
夕方は、帰宅した娘の求めに応じ、世間話など、約30分語り合った。これは私にとって大切な時間。
それから洗濯などのルーチン。昨日今日買った物や、今日生協から届いた物は、常温の分は放置していたから、そのかなりの量を片づけるのに、少し時間かかった。
今日はかなりよくやった。デジ2つ。安定剤の1つをワイパックス。
やっと風邪が治ったみたい。だから今日はお風呂に入れそうでうれしい。
でもまだ、少し病み上がりっぽいだるさがあるので、無理はせぬよう注意が必要。
気分的にもシャッキリしていて、朝イチの感じでは、躁に向かう時の感じ。これをいかに躁にせず、上向きの調子良さを長く保たせられるかが重要。
今日は予定が少々入っているので、私にとっては少しタイトになるかもわからないが、そういう時こそ、あせらず落ち着いて行こう。
こういう日は、優先順位の高い物事を確実にやり遂げる為に、明日でも間に合う物事は、たとえ目についてもスルーして、強い意志で明日に回すのが大事。
私は朝の支度に時間がかかるので、家事などを始めるのは9時半になってしまった。
気分は、別段楽しいということもなく、きわめて普通なのだが、それは好都合だ。
普通の人は、こんなふうな気持ちで毎日を送っているのかも、などと思う。
軽い頭痛→マジョラムのアロマ。
朝の調子では明るいほう向きと思ったが、むしろテンション低めかも。
しかし、能率が上がらなくても嘆くまい。
午前中の家事等は1時間押しとなり、午前の最後に予定していた事(買い物)は、できなかった。午後イチは予定が入っているので、そのあとに行くしかない。結局行けたのは4時過ぎだった。3日ぶりに外に出られたので気持ち良かった。
他に今日したことは、土~火と4日もやらなくて溜まっていた洗濯(昨日はしたけどそれぐらいでは処理しきれない。慢性的に溜まっている分もあるし)、食器洗いも溜まっていて時間がかかった。風邪の間にやってなかった金銭管理は、ちょうど月末の〆に当たってしまって長時間かかるので今日中には終わらず、続きは明日することにした。というのは、今日は4日ぶりのお風呂の予定で、もしも時間がなくなって入れなかったとしたらとても気持ち悪いのでそちらが優先で、しかも入浴・洗髪・乾かしで1時間は軽くかかる大仕事だから、夜にならない夕方のうちに済まそうと思ったのだ。
久々のお風呂は気持ち良かった。
そのあとは、要らない服(Tシャツ類。肌着同然のもの)がぎっしりで閉まらなくなっていた引き出しから、要らないものを、2週に1度収集されるリサイクル布ごみストックに移した。
恥ずかしくない1日が送れた。
判定はニュートラルだが、引き出しの整理(不用品処分)をしたのが怪しいので、デジレルを3錠ではなく2錠半にした。
それで、朝食と送り出しの後、8時から、暗くしてある寝室で寝る。
それはとても気持ちの良い眠りだった。快感を存分に味わった。
失敗したのは、無理に起きようとしたことだ。
眠りのサイクルのキリの良さそうな時刻に、目覚ましをセットしておいたのだが、鳴った時、起きようとして電気をつけて掛布団を跳ねのけた後、睡魔が振り払えなくなってしまい、眠り込んでしまったらしい。気づいた時には40分も経過していて、布団をかけてないのでかなり寒くなってしまっていた。これでは風邪が良くならないではないか!
しばらく布団を沢山かぶってじっとしていたが、少しも体が暖まらない。顕著な鬱気分(激鬱というほどではない)が発生。
気をとりなおして、起きだして、熱し効果の真武湯を飲むと、寒さが退いて一安心。この時同時にデジレルを1錠頓服した。
それは直ちに効くわけでもなく、私の頭の中は、「自分は結局何をしてきたのか、少しは進んでいるのか、何年も同じ所をぐるぐる回っているのではないか」と、言葉にはうまく表せない混乱のような悩みのようなものが湧いてきた。
天候は荒れまくっていて怖い。リビングのカーテンを全部閉めた。それでも、風の音、物がドシンバタンぶつかる音が、心を掻き立てる。
昼食後、イライラするのでデパスを頓服するが効かない。こんなときは…そう、落ち着こう。冷静になろう。
鬱の時も躁の時も、イライラの時も、まずは冷静になることが一番だ。
まずはイライラの理由だが、主原因は、私は、風邪の治り際には必ず、理由なく落ち込んだりイライラしたりする日があるのだ。しかも今日は暴風と生理まで重なっているのだから、不安定になるのも無理はない。
そのように落ち着いて考えると、パニクらないで済む。対処法も思いついた。
芳香器で落ち着くアロマ(マンダリン、マジョラム、フレンチラベンダー)を香らすことと、デパスがこの後も効いてこないようなら、奥の手のドグマチールを頓服することだ。
アロマでだいぶ楽になったが、結局ドグマチールも飲んだ。ところが、飲んだ瞬間に気分が少し良くなってしまった。お茶で飲んだからその効果か。(←飲み物の薬効と言うのは、薬物の効果と違って、飲んだ瞬間から効果が出始めるものなのである。)
緑茶の何が効果をもたらしたのか。まず1つは香りだろう。これは口に含んだ瞬間から効果を発揮する。それから、リラックス効果が高いとされるテアニンだろう。テアニンを抽出したサプリメントもあるから、これからはそれを頓服に使おう。それからカフェイン。私の説では、雨の日はお茶やコーヒーから適度なカフェインを摂ると良いというのがある。又、生理中のみに見られる独特の頭痛(幸い私はごく軽い)にもカフェインが効く。今日は雨と生理両方に該当するから、カフェインを摂るのは理にかなっているのだろう。
そんなことを書いているうち、ドグマチールが効いてきたような気がする(頓服したデジレルも効いているのだろう)ので、日記を中断し、家事など少し動くとしよう。
BGMに、心がほんわりするCDをかける。こういう癒し系の曲も、かけないよりずっと家事や作業が捗る。このCDは、今日のような雨の日にはぴったりだ。私の宝物なので、このブログでは敢えて秘密にしようと思うけれど、ヒントを載せるとすれば、口を大きく開けた「あ」という発音へのこだわりに関連した曲で、シリーズで3枚のCDがある。
私が思う「あ」のつく言葉
明るさ、あけぼの、朝、秋(ものみなさやけく爽やかなので好き)、…そして愛
家事やデスクワーク(子供の予定管理)中、頭痛がまた少し出てきたが、漢方の苓桂朮甘湯を頓服して治った。この薬は普通は眩暈の薬として用いられるものだが、場合によっては、頭痛や鼻水にも効くことがある。
こうして、洗濯物をたたんだり、洗濯したり、子供の年間スケジュール管理、振込、食料の宅配の注文などができた。
さて昼食前での鬱気分のごちゃごちゃについてだが、
「その日1日が、自分を責めたり卑下したりせずに済むに値する1日になるように頑張ろう」
と結論を出した。
むろん、ちゃんとできなかった日も、自分を責めたり卑下したりという、感情的な反応をしないと決めておくのだが、目標通りにできなかったという事実はハッキリさせておこう。
1日の終わりに振り返ることにしよう。
今日は、鬱気分に上手く対処できて治ったから良かった。
自分を責めなきゃならないようなことは、しなかった。
元気になったので、夜のデジは3つ。1日トータルでは4つに。
月~水の三日間、お風呂に入ってない(異常なほどの虚弱体質だから、風邪の時の入浴は考えられない、たとえ熱が無くても)ので、明日あたりなるべく入ろう。治る時は、入浴した方がスッキリと治るので。
風邪は寝込むほどではなくなっていたから普通に起きていたのに、やるべき家事などをやらずにずっとネットを見たりして遊んでしまった。微熱があって頭がボンヤリしているからヤル気が出ないし、この体調では、立ち働くよりも座ってパソコンしてる方がラクだから。
月曜の夕方の様子では、火曜には、少しのルーチン家事ができる体調になっていると予想していて、事実その体調予想は当たった(寝込むほどではない)にもかかわらず、家事ができなかった。
洗濯物も台所の洗い物も溜まってゆく…。
夜になって、「明日こそはルーチン家事だけでもちゃんとやろう」と決意したのであった。だるければ横になって休憩を入れながらやればいい。
デジ4つ。
日記は、当初の予定と違って長いものになりがちで、その分時間もかかっているけれど、もし書かなかったら、日記に要した時間より、もっとずっと膨大な時間を無駄にすると思う。「急がば回れ」は大切だ。
日記をつけないのは、外出で忙しかった日などは、つけなくても仕方ないのだが、この日のように、気力がなくて書かなかったのは、まずかった。日記をつけることは即ち、生きていることに伴うあらゆることを投げ出さないこと、だということに気づいたからだ。
だから書きたくない日ほど、気力をふりしぼって書こう。
何も、生きることを頑張らなくてもいいのだ。ただ、日記を投げ出さずにいれば、いつの日か、解けなかった謎が解けて前に進めるに違いない。
明け方、楽しい夢を見ていたのに、何かぶわっという風圧のような物で一瞬起こされてしまって、いやな感じだった。そのあとすぐ眠れ、起床時刻までちゃんと寝れたからいいけど。(その風圧のような物は、誰かが急に私の寝室に入ってきたのかとか、地震があったのかなど調べたが、原因はわからずじまい。)
というわけで、睡眠は普通。
今日は久しぶりに晴れ。それでも5-HTPは4つにした。
昨日、外出により発生する、帰宅後にすべき片付けを、半分位しかしておらず、それが今日しなければならない最も大事な事であることと、鬱傾向があることから、今日のスケジュールは緩めに設定するつもり。明日以降頑張れるように、今日は調子を治すこと重視で。
昨日、あんなに疲れたのは、外出自体も疲れるけど、支度も大変だった。普段ノーメイクの私がお化粧をしていったのが、疲労の大きな原因…あっ、今気づいたけど、お化粧落とさずに寝てしまったんだ!(お風呂に入らなかったので気づかなかった。)
そんなこんなで、今日は気を養わなければ。
まず朝イチはアロマの芳香器で、オレンジ・マンダリン・マジョラムを香らす。
そんなことを書いているうち、風邪はやはり追い払えなかったことに気づく。両耳から少し耳垂れがあって、寒気がするし脚も冷たく痛むので、体を温めようと、熱する系の漢方薬を飲んで、朝8時半、厚い布団に入る。ちなみに明るい窓際。
すると眠ってしまったようで、目覚めると12時だった。異常にだるい。耳垂れが止まってないのに驚く。こんなことは珍しい。耳鼻科に行った方が良いのかなという考えが頭をかすめるが、そんな気力があるわけもない。ちなみに熱は無い。
昼食後、耳の穴に抗生剤を塗って、日記もそこそこに、また横になる。まだ寒気や脚の痛みが残っている。
しばらくたって、漢方薬タイムにすることにした。午前中3時間以上寝てしまうほど体力の衰えがひどいということが判明した今は、朝の薬はドンピシャではなかったと気づき、今度は、真武湯合大建中湯に。これならお腹の底からあったまりそう。
その後、横になったり起きたりし、夕方には寒気や痛みが引いてきた。それからは少しはヤル気が出て、昨日今日の散らかしの最低限の片付けなどした。少し体がラクになっているのは、微熱が出てきた証拠。測ってみると37度2分。
起きれている間は、二十日程前に書いたメモ「風邪の時のコツ」を参考に動いた(そのメモの内容を今upする気力は無し)。
今日はかなり鬱だったが、風邪のせいでもあるので、軽い鬱の時の4錠。でも明日になっても鬱でほとんどヤル気出なかったらその時は5錠にするつもり。
朝起きてみると、少し咽喉が痛い。ごく軽い頭痛もする。片方の耳から、わずかな耳垂れがあり。
風邪かもしれないが、入り口の所で追い返してやるぞ!と、症状に合った漢方薬を飲む。
天気予報の示す温度は真冬並みで、こんな日の外出は、元気な人でも風邪を引きそうな雰囲気だ。
風邪で判断力が鈍っているのか、午前中、だらだらと過ごしてしまった。ぼんやりしているうちに、出かける時間が近づいていて、大慌て!
急いで出かける支度をしたせいでかなり疲れたということに、自分では気づかない。この時点では気が張っているから。体調と気候を考えて、かなりの重装備を用意したのは役に立った。
外出中も、もちろん気が張っていて、夕方帰ってきて初めて、だるいと思った。気力も尽きていて、脱いだコートをかけるぐらいはしたものの、あとは荷物とか放りっぱなし。
出かけて帰ってくるとぐったり疲れていることは私にはありがちだが、今日のように始末をきちんとしないのはやや重症気味。(風邪が重症という意味ではない。熱もないし。)
デジは4錠。
昨夜のデジレルは、間違えて3錠飲んだ。
今の気分は、わりと満ち足りたような感じ。
昨日の夕方から風が止んだので、黄色ビニールカーテンを引いているので、曇りでも快適で、物事がスラスラ進む。
しかし、外に出る時はその恩恵にあずかれないわけなので、黄色やペールオレンジなど、ブルーライトカット効果の高いダテメガネをかけていかねばならない。
買い物に行く時それを忘れていたので、帰ってきた時にはけっこう疲れていた。
でもふと思いついて、3分間ぐらい目を閉じてみた。というのは、目を閉じた時というのは、まぶたに流れる血液の色が透けて赤系の光だけが見えるので、ブルーライトを完全に遮断できているはずだ。だから、目を閉じてわずかでも休憩すれば疲れが取れるはず。
やってみたら、とても効果的だった。まあ、目を閉じて視覚を遮断すれば疲れが取れるのは当たり前なのだが、これからはブルーライトからの休憩としても意識してみよう。
判定はニュートラルで、3錠。
明日は、冷たい雨の中の外出となるので、ちょっと不安な気分、…と思っていたが、もう1度天気予報を見たら午後にはやみそうだと期待。
もともと、寝つきが悪く寝起きが悪いのが普通。
昨夜はメラトニンのサプリを半分飲んで寝たが、効かなかったようで眠れず、30分後にハルシオンを0.0625mg飲んだら眠れた。以前はよく効いたメラトニンが、この頃、ただの砂糖水同然になってきている気がする。
結果としてハルシオンを飲む時間がやや遅れ、朝に残ったのかもしれない(ハルシオンはキレが良いので残るはずないという意見もあるかもしれないが、私は超短期型の眠剤でも残る。少し長い「短期型」など飲もうものなら、一昼夜朦朧としてしまうのである)。
そこで今度からは、メラトニンは当てにせず、早々にハルシオンを飲むことにした。量は0.0625mgだから、他の人の半分から8分の1に相当する量である。
しかもそれ以前に、ラベンダーのアロマを香らせておくことにした。眠る為の精油は、その時の調子や気分によって選ぶのだが、明日から数日ラベンダーにしよう。
今日の天気は、眩しかった昨日と打って変わって、雲が厚く暗い。こういうのを、「厚曇り」と呼ぶことにした。もちろん薄曇りと区別する為の名だ。私は薄曇りは快晴よりもずっと眩しく感じ、一方、厚曇りは、雨の日のように光線に乏しい。従って、目標とする過ごし方も全く違うものとなる。
厚曇りや雨の日の過ごし方(注意)
●柴胡が入った漢方薬を飲む(気の鬱滞防止)---この手の漢方薬は、晴れた日は状況によってはお休みする。
普段少な目に飲んでいるので、厚曇り・雨の日は、1包多く飲む。
この注意に関しては、1年中当てはまるわけではなく、春とか吐き気がある時でなければ、柴胡の摂取は無し。
●睡眠不足の場合は、昼寝(私の場合は時間的に言って朝寝と呼んだ方がいいかもしれない)をする。
●日中に風呂に入る(気の鬱滞防止:皮膚から気を発散できる。)。
●湿度が高い場合は、換気するとか、除湿器をかける。(気の鬱滞防止)
●暖かい季節で晴れて乾燥している日には青汁・果汁・牛乳を飲むべきなのに対し、厚曇りや雨の日は、飲まない方が良く、お茶(やコーヒー)を飲む程度で良い。
今日の日記は省略。日記というものは、時には手抜きした方が、長続きしそうだし。
夕方テンションアップしたので、判定は躁傾向でデジレル2錠、安定剤2つのうち1つをワイパックスに。
ところで晩の安定剤(いつもはデパス、時にはワイパックス、どちらにしても1錠=0.5mg)は、少し前倒して量も減らさないと太りそう。
というのは、飲むと食欲が出る(特にデパス)ので、夕食の食べ初めに飲んでいたが、効き目が遅くに出すぎてしまい、寝る前におなかがすく。従って、夕食よりもちょっと早めに飲んでおくこと、その時の量を半分(0.25mg)にすること、残りの半錠(0.25mg)は10時にしよう(効いてお腹がすいてくる頃にはもう眠っているように)。
もう1錠寝前の分(0.5mg)は、今迄通り、布団に入る直前にしよう。
今日も昨日のようにイヤな気持ちにならないか不安。
昨日の場合は、午前中の気負いが、悪い午後をもたらしたので、今日は、少しのんびり気味に過ごそう。
いつも夫が、「俺は、今日出来ることは1つも翌日に回さず、全て今日中に片づける主義をいつも実行しているのだ」と誇らしげに言うが、そんな主義は間違っている。今日出来ると思っても、予め明日に回す計画をする、その、マラソンのペース配分のようなものが、大切なのだ。そこに気をつけているつもりの私だが、それでもまだ、時に速く走ろうとしてしまうクセがあると、改めて気づいた。
昨夜は早く寝て、ぐっすり眠ったが、まだ足りない感じ。
よく考えたら、昨日の午前中の段階で(朝8時から)睡眠を摂っておくべきだった。昨日は天気も曇っていて、朝食後の室内日光浴もできないのだから尚更その時間は寝てしまえばよかった。
というのは、昨日の朝10時頃に、「鬱で溜まっていた用事を、何もかも早めに片づけようとつい思って、調子が元気だからといって1日にスケジュールを詰め込むのは良くない」と気づいたのだが、もっと早く気づいていたら朝8時から寝たはずで、午後だらだらすることもなく、合理的な1日を過ごせていたに違いないのだ。
(午後は、デパスを2錠飲んでいたにもかかわらず、眠気は訪れなかった。日のある時に睡眠をとるなら、朝から寝るのが最も私の体質に合っている。)
そんなことを考えているうち、眠気は去ったので良かった。もし今から寝たら、今日はタイトになってしまうので。
今日は晴れているので、朝8時台、窓際で陽を浴びる。気持ちいい。
昼前頃によくイヤな気分になる(昔から、新月の日などたまにそういうことがあったが、ここ数日は続いている---新月の日というのは昼に月が目には見えないが空に上がっている日のこと)ので、2つの原因を思い付き、対処を考えた。
1つは、白っぽい光線が苦手なのだが、昼前後は光線が白っぽくなるので、その時間は黄色のダテメガネか、パソコン用の淡いサングラスをかける。(私が朝の日光浴が気持ちいいのも、朝は光が白くないからだ。ちなみに、曇りの日は1日中光線が白っぽいので苦手だ。)
もう1つは、朝は食欲がなくて腹持ちの悪いものしか食べないので、昼前に血糖値が下がるかもしれないから、そうならないうち、何か口に入れておく。
春は晴れていても空にもやがかかったように白っぽいので、曇りの日同様にまぶしいことが多い。
今日も8時台にはもう眩しくなってしまったので、窓際から離れた。
ちなみに、パソコン用の淡いサングラスとは、jinsのブルーライト対策のやつである。普通あれをサングラスとは呼ばないだろう。かけてもほとんど視界は暗くならず、むしろハッキリきれいに見えるのだが、分類上はサングラスになっていることを、取説で知った。自然光に含まれるブルーライト(春夏は特に多い)が苦手な私は、これを掛けると本当に楽になる。
気分障害は、実は心の病気でも、脳の病気ですらなく、目の病気なのだと思えることすらあるほどだ。
光線が眩しくなった時間からは、曇りの日によくやるように、ブルーライトカットの目的で、青の補色である黄色っぽい透明ビニールカーテンを引いた。これは窓の外につるすものなので、昨日のように強風の日には使えないのが欠点だ(というか今日も結局午後には強風となって使えなくなったのだった)。
これをやってもまだ、緊張感のようなものがあって、サクサク動くことができない。一種の躁鬱混合状態なのだろうか。
とりあえず横になって、つらつら対処法を考える。
リラックス効果のある精油でアロマテラピーでもしてみようか。ネロリ・マジョラム・マンダリン・オレンジなどのブレンドで。
たぶん、副交感神経があまり活発に働かず、そのせいで交感神経優位になってしまっているのだろう。
副交感神経の活発化に効果ありそうなのは、入浴(熱くない湯)とか、体を動かして疲れることなんか良さそうだ。ここのとこ、風邪を引いている日が多かったので、風呂に入らない日が多かったり、体も動かしてなかったからなあ。いつも頭脳疲労・精神疲労ばかりだ。
運動は面倒なので、とりあえず、体操と、左腹を伸ばすストレッチはサボらないようにしよう。
副交感神経を活発化させるという、魚油と植物油の摂取を増やしても(又はサプリを摂取)良いかもしれない。(植物油の多くは、アレルギーを活発化させてしまうので注意も必要。アレルギーは副交感神経と関係が深い。)
しばしば みぞおちに緊張感(筋肉の張りみたいなもの)があるのが悩みの種なのだが、ふと、棒状の電動マッサージャーで腹部をマッサージすることを思いついた。今迄は手動というか人力で指圧(道具は使うから厳密には指圧ではないが)しかしたことがなく、力を入れるのが大変なので、面倒であまりやってなかった。
マッサージャーでやってみると、とてもやりやすい。硬い所がよくほぐせる。
腹のどこが硬くなっているかが、よく手に伝わって来るので、漢方の腹診のような効果(今どこが悪いか分かる効果)もあった。柴胡と芍薬の入った漢方薬が良いと判明、四逆散合四君子湯を飲んでみよう。
しばらくマッサージしたら、すごーく楽になった。副交感神経が賦活した感じ。
ヤレヤレとホッと一息ついたような心地。
大げさに言えば、躁が治って爽になった感じ。わずかにだけど。
マッサージャー「タタキバイブ」偉大なり!
今日のひとこと 「気分障害は、体から治せ!」
昼食時に読んでいた、DHCの「みんなげんき」5月号に、「早めのリセットで、脱・春疲れ」という特集が組まれており、その中で、疲労原因物質(FF)に関して、こんなことが書いてあった。(以下引用)
「人は、やりがいのある仕事や楽しい遊び、ごほうびが用意されていると、脳が、FFから発信されたアラームを無視してしまうことがあるそうです。意欲的な人ほどその傾向が強く、(中略) ひとがんばりしたら、休むことも大事ですね。」(以上引用)
集中する癖のある私は、気をつけなくては。
腹部マッサージのおかげで、午後は物事がスムーズに進んだ。途中で休憩をとることも忘れなかった。
休憩といっても、やはりパソコンをやってしまうんだけど、目的が休憩であって、のめり込まないように意識し、リラックスできるアロマ、マジョラム・マンダリン・ラベンダーを芳香器で部屋に香らせながらにした。
パソコン中に、やるべき事が気になり、好きなサイトを見ていた途中にもかかわらず「続きは後で見ればよいから、ちゃんと、やるべき事しよう」と立ち上がったのは快挙。いつもなら、一心不乱にパソコンにかじりついて疲れるまでやってしまう。悪い意味で集中癖があり、一度始めると別の事が出来なくなりやすいのだ。それが今、サラサラとこだわりなく流せる。
腹部マッサージと漢方薬とアロマの効果か。
アロマはお腹が空きすぎるのが欠点(特にマジョラムや柑橘系はそう)なので、今後はブレンドの工夫で改善してみよう。加えるものとしては、空腹を抑えるというとフェンネルになるかもしれないが、あの匂いは苦手。苦手度の少ないミント(少量にすれば爽やかで良さそう)にしようか。ミント・ハッカは、胃の熱を冷ます効果があるので、食欲亢進には効きそう。ハッカはミントより少し高価だけど、こっちの方が香りが好き。
と思って、少しハッカを入れてみたんだけど、抑制的な精神緊張が出てしまってダメで、すぐに芳香器を止めた。
その後特に問題なく過ごせた。
今日気づいたことは、作業がはかどることよりも気分の変調を防ぐことを重視して「急がば回れ」の精神でいることが、長い目で見れば、溜まったタスクの進行に役立つはずだということだ。
今日も長い日記になってしまった。判定はニュートラルで、3錠。
眠いのは当然である。おととい早朝に起きてしまって、その日は5時間ぐらいしか寝ておらず、その睡眠不足は特には上手に解消したりはしてないから、今日眠いのは当たり前だ。
もっと分かりやすく言うと、昨夜早く寝れば、睡眠不足が解消できただろうに、寝たのは、11:20と、むしろ遅めだったのだ(注:睡眠を長めに取らないと持たない体質なので、夜は、多くの人よりも早めの時間に寝るようにしているのである)。私の場合、睡眠不足から来る眠気は、不足を解消しない限り、不足当日よりもその次の日に強く出てしまう体質だ。
なので、今日こそは早く寝なければ。寝不足がたたって、ドカーンと鬱になったりすることは多いから、警戒が必要だ。
したがって今日の第1目標は、早く寝ること。
その方法だが、今日は、夫が飲み会で遅くなる(夕食不要)ので、夫が帰ってくる前に寝てしまうのがコツだろう。この方法を使えば、普段の日(夫が居る日)よりも早く寝ることもできる。
他にも寝るのが遅れる時にありがちな要因を見つめ、下の2点について気をつけることにした。
●今日の予定をこなすのが遅め遅めになって寝る時間が遅れがちなので、時間的に早め早めの前倒しの感じでタスクを片づけておく。
●夜、寝る支度をしている頃になって、子供が、明日の学校の持ち物のことなど言い出すので、普段から、そうならないように躾けておくと同時に、今日は、昼間のうちから、「今日はママは9時半に寝るつもりだから、用事があったら、日のあるうちに言っといて」と言う。(もちろん9時半に実際に寝るわけではないが、その位の時間には寝室にこもってしまうのを目標にする。)
●言うまでもなく、夕食の用意が遅くならないように。7時半から夕食、8時半からこの日記のアップをすれば、9時半に寝れるだろう。
朝、眠くて起きづらい時、たいていは、「ああ、今日も1日いやだなー」という気持ちで1日が始まるのだが、今日はそのようなネガティブな気持ちはない。
さりとて元気があるというほどでもなく、眠さと暗めの天気から、何だかパッとしない。(お日様が足りないので今日の5-HTPは4つ。)こういう日は、家にいてもダラダラしがちでそれほどタスクを頑張れないことが多いので、外に出る用事を入れるのが、時間の有効な活用方法である。
薬が残り少なくなっている。昨日時間がなくて行けなかった通院を、今日こそはしよう。
それと、洋服直しの受け取り、切らしてしまった市販薬や衛生用品の買い出し、何十日も積んだままのものをクリーニングに出す。
となると、今日の予定はかなりタイトになる。どうやってスケジュールを組めば、こなせるだろうか。
子供の帰って来る4時過ぎは、ほとんど使えない。子供の話を聴いてやるのは私の重要な任務の1つなので。それまでに沢山の用事を済ましておくには、どうしたら良いだろう。
考えた結果、子供の相手をしながらでもできるタイプの家事や簡単なタスクを特定し、それを4時以降にやることにする。
今日の予定
朝10時半迄 洗濯など、最低限の家事からさらに夕方にやるものを除いた物
10時半から クリーニング屋、大型スーパーでお直し受け取りと市販薬等の購入
その後、クリニックへ(11時台後半予定)
13時帰宅予定
昼食後 電話関係の用事
14時頃より パソコン---メールチェック、振込、メールカウンセリング(明日でも可)、
この日記を見ながらスケジュールがこなせたかのチェックと気分の判定
16時頃より 子供の相手をしながら 片付け・雑用系家事、台所仕事
今は眠くて、タイプミスが多い(修正しているので皆さんには分からないと思うが。)
実は朝食がまだなので、その時コーヒーを飲むつもり(カフェオレだけどね)。
昼食が遅めになりそうなので、朝はしっかりめに食べておこう(朝イチだと食欲ないので、あえて今まで食べなくて正解)。
さて朝食も終わり、取り掛かってみると、やはり、鬱の時に溜めてたので作業量が多く、中々かたづかない。
そう思ううちにひらめいたのだが、鬱が治って元気になった時って、鬱で溜まっていたタスクを、わりと一気にこなそうとするから、それで又ダウンするのではないか?
頑張りすぎがたたって疲れてしまうことは前から気づいてたが、さりとてやらないわけにはいかない。
一気に、というところが、良くないポイントだったのでは?
2週間くらいかけて、少しずつ少しずつ、こなしていくという発想にすればよい。
じゃあ27日のGW入り前の26日を目標にしよう。
クリーニングの予定は明日にまわそう。
出かけようと思っているのに、ハードコンタクトユーザーかつチャリンコライダーの私には天敵ともいえる突風が吹いてきた。全く、今年の春は何なんだ。
でも今日の私は、いつものように、しり込みして出かけるのをやめて引きこもってしまったり、逆に無謀にもコンタクトをしたまま出かけたりはせず、冷静に、コンタクトを外して眼鏡をかけて出かけた。
クリニックがすいていたこともあり、予定よりも早く帰途につく。今の所予定がスンナリと前倒しで進んでいることが、奇跡のように感じ、胸が高鳴ってしまう。それと、目に支障がなくても強風はやはり疲れるというか病的なイヤな気分になる。そんなふうで、午前中はニュートラルだった精神が、わずかに躁鬱混合のように乱れてしまい、あわててデパスを頓服。0.5で効かず1mg頓服してしまったのは、初めてかもしれない。春は心が乱れやすいからなあ。
一応落ち着いたが、心が冷めてしまったのは治らず、つまらなくなり、その後はだらだらしてしまった。
いつもの寂しい気持ちも復活。
判定は難しいが、4つか5つにしよう。
早朝覚醒というと、鬱病の症状として有名だが、私の場合、逆に躁の目印だ。
きのう躁が判明していたのだから、夜の安定剤をワイパックスにしておけば良かった。デパスよりもテンションが上がらないで済むし、デパスよりも効き目が長いので早朝覚醒が防げるかもしれないからだ。
朝日を浴びると、すがすがしくて気持ち良い。
早い時間から朝日を浴びられるので、いつも4錠飲んでいる5-HTPは2錠にした。
5-HTPとは、セロトニンの原料になる栄養素のサプリメント。日光を浴びて網膜に可視光線が入った時、脳内でセロトニンを作る時に使われる栄養素だ(ちなみに、血液脳関門を通過するので、脳内に入っているのである)。
窓際に来ると、うん2錠で充分、セロトニンがじんわりと湧いてくるようで気持ちいい。
躁傾向の時は、日光を浴びすぎないように気をつけなくてはならないが、興奮しない範囲でなら大丈夫だろう、そう今のようなささやかな清々しさを感じる程度ならOKだ。窓際で、昨日乾いた洗濯物をたたんだりした。気持ちいい。
早起きすると、家事に早く取り掛かれて良い。
午前中いっぱい、一通りの家事をみっちりやった。まるで普通の人みたいに。いや普通の人にはまだ及ばないかもしれない。
お風呂の掃除も、数か月ぶりにやった。
スーパーへの買い物の時は、この季節は外では光線がまぶしすぎるので、パソコン用の薄色のサングラスをかけて、躁や精神緊張を防いだ。
調子によっては、短波長カット率がさらに高い色眼鏡をかけねばならなかったり、もっと光線が強くなると、本格的なサングラスを掛ける日も近づいてこよう。
秋冬の間は、とにかく直射日光を浴びまくらないとセロトニンが作れないが、季節の変化により、日の浴びすぎを防ぐ方向へ頭を完全に切り替えた。
午後はブログを書いた。「若い頃に波があったかどうか」という長文記事だから、だいぶ時間かかった。
こういうのを書けるのは、躁に傾いている時ならではである。
夕方はちょっとトラブルが舞い込んできて、ドキドキしてしまったのでデバスを頓服、そのおかげで、落ち着いてトラブル対処に当たれた。
今日はいろいろ頑張ったので、やはりそれなりに疲れた。
さて今日の判定だが、昼前後しばし、スーッと気分が白けてしまった(鬱方向)ときもあったが、それ以外では充実していたし、午前中に一時的に「震え」、午後に一時的に「火照り」があるなど、躁の兆候が見られた。ゆえに躁傾向と判定し、デジレルは今日も2錠に。
明日も今日のように元気に過ごせる自信は、あまりない。
元気が出てきて、ついつい声が大きくなるので、躁傾向と判断し、デジレルを、5錠から2錠に一気に減らす。
毎日3行ぐらいの簡単な日記をつけることにした。
目的は以下の通り。
抗鬱剤(デジレル25mg錠)が1日4錠で処方されているが、躁傾向の時も抗鬱剤を飲むのはおかしいと思った私は、「抗鬱剤は頓服にした方が良くはないか」と主治医に言った所、「抗鬱剤は頓服しても効かないからナンセンスだ」と言われてしまった。そこで、「躁の日は、抗鬱剤を減らして飲んでも良いか」と訊いた所、OKが出た。
そこで私が決めたやり方は、
●デジレルは夜飲むので、日記で1日を振り返って、今日の調子はどうだったかを判定し、
判定の結果、
躁傾向なら0~2錠、完全ニュートラルなら3錠、鬱傾向(いつも大抵これ)なら4錠、鬱なら5錠と決めた。
●躁傾向で頓服(安定剤)が必要な状態なら忘れず飲む。ワイパックスをもらってある。
●鬱の不快感が強い時にはデパスを頓服。デパスは心が明るくなる効果がある。
(頓服は、ワイパックスかドグマチールか余ったデパスから自由に選んで良いことになっている。ドグマチールを飲むまでもなく、デパスで充分効く。)
(ちなみに、ドグマチールは一時期もらえなかった時期があり、禁を犯してこっそり飲んだら乳房に痛みが発生して反省したのだったが、その後、主治医がドグマチールの効果的な頓服法を知ったらしく、また出してくれるようになった。それは、月経周期の高温期に限り飲んで良いという服用法だ。確かに、頓服して痛みが出た時は低温期だった。そして今ではピルを飲むようになり、飲んでる限りはずっと高温期なので、ドグマチールの頓服もほぼいつも可能になったのだ。)
●夕食時のデパスは、躁傾向の時、状況によってはワイパックスに変更する。
(デパスはちよっとハッピーになってしまうので。またもう1つの理由を4/16の日記に書く予定)
●朝のサプリの5-HTPの錠数も状況によって調節しているが、その錠数もなるべく記録。
又、ヤル気を出すためのドーパミンの原料のチロシンのサプリも、飲んだら記録。
というもので、適切に薬を飲むためには、現在の調子の把握が必要と思い、日記をつけることにしたのだ。
追記 : タイトルにその日の調子を数字で書く。
+3---ありえないけど躁。経験なし。
+2---いわゆる軽躁、これもたぶんほとんど起き得ない
+1---躁傾向(イライラや焦りなどネガティブなものも含む)、又は普通を超えた「爽」状態
+0---ニュートラル。なおかつ、元気が充実 or 普通に「爽」状態。
これは理想の状態だが、躁傾向にならないよう注意が必要
0-----ニュートラル
-1---鬱傾向
-2---鬱(重くない)
-3---鬱(重い、寝込む)
-4---激鬱(経験はあるが、これからは無いと思う。-2や-3で何らかの手を打つから。)
それがいつから、躁鬱の傾向があるという話になったかというと、
決して、ある日突然、
「あなたは双極性障害ですね」と告知された、というようなことはない。
毎月の診察の中で、少しずつ、医師・患者双方で合意に達していったのだ。
抗鬱剤を飲み始めて3か月後、いつになく良い状態になって、何でもスイスイできるようになって、その様子を話すと、主治医は、「良かったですねー」と言ってくれた。
後になって思えば、この時、抗鬱剤を減らした方が予後は良かったのだろうと思うのだが、そのような動きがなかった所を見ると、私はもちろんのこと、主治医も、それが軽躁状態であるとは思わなかったのだろう。
しかし、翌月から急に上がったり下がったりの波が出てきて、
次第に私は、「あれは抗鬱剤による躁転であって、その影響でラピッドな波が出てきてしまったのだ」ということに気づいた。
そして主治医は、
「昔から気分の波があったんでしょ?」と、断定するように言うので、
「いいえ、まったくそんな経験はありません」と即座に答えた。
だって、ある日普通に調子良いと思ったら、次の日は起きたら何故か鬱になっている、という体験に、少しでも近いようなものは、何も感じたことがなかったからだ。
気分に上下があった覚えは、全くなかった。
しかし今思うに、調子の良い時と悪い時が、あったのかもしれない。
双極性の素質のようなものがあったのかもしれない。
中学1年の時の、何か虹色に輝いているような、鐘の音が鳴り響くような、あの感じ…
私はそれは、「今まさに多感な思春期だからなのねっ」と思っていた。
学校の文化祭の感想という作文の課題で、一体どう書いたのか忘れたが、
「こんな感覚を描写できるなんてすごい」と、先生にやたら褒められた。
今にして思うと、小6の時に激しいストレスがあったり、
その一方で歓喜をもたらすエストロゲンの分泌が押し寄せてきて、
本来持っていたかもしれない双極性の素質が、開花した瞬間だったのかもしれない。
前駆的には、小6の10月1日に、空が雲一つなく晴れ渡って、秋の空気が何てすがすがしいんだろうと思い、
とりたてて何の出来事もなかった1日だったのに、今でもその印象をくっきりと覚えているほどの「爽」状態…
別のある木曜日には、まるで水の中に柔らかく差してくる光にもうちょっと色をつけたような、穏やかな輝きを見たり…。
そして中1になって何だか明るい性格になったし、それまでになかった喜びを体感するようになった…。
それに対して、中2の1年間は、なんかイマイチぱっとしなくて、決して憂鬱ではないものの、何となくくすんだ心象風景。
1学期の朝礼で教頭先生が、「中2は最も活躍し、実り多い年」と言ったけど、それを聞いて私は、
「私は違うのよねー、私だけ違うなんて嫌だなー」と思った。
中2の1年間は自分はつまらないのだと(今後も楽しい展開はないのだと)、自分の中で言い切ったのは不思議だけど、事実そういう1年間になった。
中3の時は、自分を取り巻く全てのものが、素晴らしい味わいを持って感じられた。ハイだった。充実してた。
「神様に感謝。道端に咲く一輪の花にでも、何にでも感謝」と作文に書いたら、これまたえらく褒められた。
そんなだったから、その後、高校1年の途中から気分がスーッと下がっていったのは、当たり前かもしれない。
しかし、原因が分からなかった私は、「自分は怠けている」「ダメな人間」と決めつけて、それ以来性格が変わってしまった。
神経質、プレッシャーに弱い、自分を異常に卑下するというふうに…。
そしてすっかり、頑張ろうとしてもヤル気が出づらく、何事を行うにも苦労する抑うつ的人間になって今に至る。
その中でも、比較的普通に行動していたかもと思えるのが27歳頃、また、
1歳半の子を抱えていても朝8時には全ての洗濯物を干し終えていた(←これは普通の人にとっては当たり前のことかもしれないが、ダメダメな私にとっては妙に快調なことなのである)31歳頃~行動的かつ積極的だった32歳頃など、
あまり抑うつ的でない時期も見られた。
何かが輝いているような不思議な感じは、自分を卑下する抑うつ人間になってからもあった。
世界が調和してハーモニーが鳴り響いて(共振して)いるような…。
宇宙の摂理と一体になったような…。
34歳で下の子が生まれた時、絶好調になった。
あれほど足りなかったエネルギーが、力強く湧いてくるのを感じた。
まあそれは、神様のパワーを持った新生児に共振していただけだけど。
でもちょっと経って、生後6か月ぐらいの時も、私にしては、いつになく調子が良く、あらゆる出来事を、まるで普通の人のように、スイスイこなしていた。
じゃあその後、どんなストーリーが待ち受けているかは、皆さん、今想像したでしょ。
でも、いきなり鬱が来たのではなかった。
まずは、「爽」状態から、明らかな「躁状態」の生まれて初めての混乱に突入した。楽しくない躁状態。
軽躁なので、人に迷惑をかけることはやらかさないし、楽しくないので、躁状態と気づかない。
ただ何だかゴチャゴチャして忙しくて自分がよくわからなくなって。
で、1年後、起きれなくなって寝込んだ。それで今通っているクリニックへ行き始めたというわけ。
タイトルに「若い頃」とつけた割には、36歳までのストーリーになっちゃったけど。
結局言いたかったのは、精神科に通い始めて以後、ラビッドな(日単位の)波が続いている私
(もちろん治療の効果はあって、寛解に近くなってきている)だけど、
その前には気分の上下はなかったと思っていたけど、気づかない程度の好不調はあったんだなーということ、今よりもゆっくりな、年単位の感じの波だったことを述べたわけで、
もう1つ今日気づいたことは、その双極性の素質というのは、実は他の人とは違うかもしれない脳であって、
そのことが、違う価値観を作り出しているかもしれないということ。
私は今迄、他の人も私と同じような楽しい気持ちになるのだと思っていた。
でも実は、違うのではないか?
そう思ったのである。
もちろんそれは、私の方が、他の人より人生を楽しんでいるという意味ではない。
むしろ人並ならぬ苦しみが中心の人生だ。
でも私は、既に10代の時に、もう思っていたのである。
「私は傷つきやすい性格で悲しくつらいことばかり多いけど、心が敏感な分、喜びもまた、人より多く感じるのではないか」と。(しかも、もしかすると、あの高1の抑うつ発症よりも前に既に思っていたかもしれない。)
しかし、その喜びが、私の価値観にまで影響を及ぼしているとハッキリ意識したのは、今日なのである。
長くなったので、続きはまた今度。
どのぐらい空いたかというと・・・
今年も、おととい(10/14)から金木犀が香って来ました。
季節がひとまわりしてしまったんですね~。
こんなに放置していたにもかかわらず、気づけば何と3000近いアクセス数となっているではありませんか!
とても嬉しいです。深くお礼申し上げます。
鬱のほうは、だいぶ良くなっています。
そのへんのことは、また追い追い…。
眠剤について勉強してみました。
比較しやすいようにまとめてみました。
ソースはhttp://matome.naver.jp/odai/2134218105521053901
及び、http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/4511/1suiminnzai.htm
見かたは、薬の名前……最高血中濃度→半減期、という順に書きました。
超短期型(寝つきが悪いのが悩みという人に)
マイスリー ……0.8h→2.3h(双極性障害等には不可)
ハルシオン……1.2h→2.9h
アモバン………0.8h→3.9h(ルネスタも同様?)
短期型(中庸な持続時間)
レンドルミン ……1.5h→7h
エバミール(ロラメット)…1-2h→10h
リスミー …………3h→10.5h
分類外(本来眠剤ではなく鎮静剤の為)
ブロムバレリル尿素-最高濃度不明→12h
中期型(中途覚醒・早朝覚醒が悩みの人の、睡眠時間を延長する為に)
ロヒプノール(サイレース)…1-2h→7-24h
ユーロジン…………5h→24h
ベンザリン…………1-2h→26h
持続時間不明(情報をお持ちの方はお寄せ下さい)
ロゼレム、ベルソムラ
2011年10月3日
おととい(10/1)から、金木犀の香りが漂っている。
今日もおとといに続き、音について書くことにした。
おとといは暑苦しい曲のことを書いたので、今日は、涼やかなことを書こうと思う。
9月の台風が去った後、良い季節になったなあと実感するのは、夕方になると聴こえてくる虫の声だ。これを聴いていると、何とも幸せな気持ちになる。数少ない、「生きてて良かった」と思えるひとときだ。
虫の声を聴けるのは、最高の贅沢かもしれない。
季節を目で見て感じるのもすばらしいのだけど、耳から聴く風情は、無限の広がりがあるように感じる。音には不思議な神秘がある。
実は、プランターに秋の草花の寄せ植えを作れたらいいなあと思っていた。(←過去形)
春は木に咲く花々が華やかですばらしいのに対し、秋は、華やかではなく控えめな草花が風情があって良い。
そこで、夏の頃、まだ来ぬ秋に思いを馳せ、「秋になったらチャリでホームセンターに行って、控えめでゆかしい秋の草花を何種か買ってきて、荒れ野のようなランダムな寄せ植えにして、風情を楽しみたいものだ」と、思っていた。
しかしそれは、絵に描いた餅である。
今の病気(反復性短期抑うつ性障害)になってからというもの、私は、サボテンでも枯らしてしまうタイプの人間になってしまっている。鉢の大きさが8センチ位のミニ観葉植物を何回か買ってきたことがあるのだが、2週間位は、気合いを入れて、必要に応じ水やりをするのだが、次第に「ダブル鬱」に入り、どうしてもできなくなってしまうのだ。しおれていくのがわかっていても、水やりできない。「ダブル鬱」の時は、植物の世話をする以前に自分が入浴も歯磨きもできないほどだから。植物に申し訳ないと罪悪感いっぱいなのに、動けない。結局枯らしてしまい、「ああ、また、生き物を殺してしまった。それも必要からではなく、ただの気まぐれで…。」と、悲しくなるのだった。(ダブル鬱とは、4/11の記事を参照下さい。)
それで、もう植物を買わないようになった。
そんな私が、大胆にも寄せ植えを作ろうなんて、考えたのだった。
が、結局、あれほど魅力的なホームセンターに行く気力は無い。普通の買い物にも疲れるようになってしまっている位だから。
もし草花を買っても、寄せ植えをする気力なんてない。
というわけで、今年は、そのような大胆なチャレンジは、やめておくことにした。
そうして、自分へのプレゼントを今年はあきらめた私に、思いがけないプレゼントがあった。それは、いわし雲の浮かぶ美しい秋の空、爽やかな空気、金木犀の香り、そして虫の声なのである。これで充分、秋を満喫できるではないか!
以前、診察の時、私が「普通になりたい」と言うと、主治医は、「普通という目標は、髙すぎる。もっと低い目標にしなさい」と、言われた。6年間で3回は言われた。
私は、「なぜ私が、普通の生活をあきらめなきゃいけないの?」と、理不尽に感じたものだった。
しかし、失ったものは、そう多くはないかもしれないと、今、思えるようになった。
たとえ、大好きなホームセンターに行くのはよほど調子の良い時だけ、そうでなければ自重せねばならないとしても、
(ホームセンターは、単なる一例、)
失ってないものが、たくさんあった。それが、美しい季節を五感で感じられる事、又、遠くから聴こえてくる音に耳を澄ます時の幸せ、などである。
私の好きなアニメに出てくる台詞に、「いろんな素敵を、見つけていきたいな。」というのがある。
病気と付き合いながらでも、きっと、いくらでも素敵は見つかる…、そう思えるようになった。
追伸
Aさん、80歳の誕生日おめでとう。Bさん、50歳の誕生日おめでとう。お二人の誕生日が同じで、しかもカッキリ30歳違いって、おもしろいですね。
ドン、ドン、ドン…とティンパニが51回も同じ音を叩き、深刻な雰囲気がたちこめる、ブラームスの交響曲第一番の冒頭。知らないという人でも、実際に聞いてみれば、ああこの曲か、と思うほど有名な序奏部である。
この序奏が重苦しく垂れこめた感じがするのは、ティンパニのせいだけなのか?
弦楽器はドドレミファソララシと限りなく昇ってゆくが、その時管楽器は同時に、シララソファミレと下がってゆく。これは、限りなく高きものを追い求めながらも、気分が下の方へ下がってゆく感じであり、一種の躁鬱混合状態を表しているようにも思える。張りつめたテンションで何かを追い求めていながらも、体は重いくびきにつながれていて心が沈んでゆく。それが独特の重苦しい感じをいっそう高めていると思う。
ちなみに、弦楽器はシまで昇ったあと、今度は下がってゆき、髙きものに手の届かないがっかり感があるが同時に、管楽器はレミファソ、ソラシドーレミーファと昇っていき、あきらめきれない未練を表している感じだが、鬱から脱出しようと、もがいているようにも感じられる。
(余談:テインパニはあの部分は死ぬほど緊張するらしいですが、私は叩いてみたいような気がします。そもそもティンパニはものすごい緊張を強いられるものであり、私がそんなことをできるわけもありませんが…。)
私の出生の理由は、「もう一人子供をつくらなきゃ」ということになり、仲の冷え切った両親が、それでもがんばって作ってくれた。子作り成功して万々歳なので、上記のようなことはなく、たぶん小さい頃はかわいがってもらってたんだろうな(0-3歳ごろ?)。記憶がないので残念だ。
やがて、私が物心つくころには、私のなかに父と似たところが散見されるようになったと見えて、母は私を穢れた汚い物を見るような目で見るようになっていた。それ以来、ずっと母から疎まれ、親の愛に飢えて育ってきた。それが私の今の鬱などのおおもとの原因だと思う。大嫌いな男の子供を無理に産み、育ててくれた母に対しては、複雑な気持ちだ。それでも、産んでもらって良かったと思う。
(参考ながら、兄は、父と似ていないので、疎まれずに育つことができた。又、兄は私をかわいがってくれた。)
話は変わって、今度は私が母親になる時が来た(十数年前の話である)。
いよいよ予定日となった…が、生まれてくる気配はなく、10日たっても全く気配がないので、入院して誘発(点滴)することになった。これ以上子宮内に置いておいたら、大変なことになる…現に、これが原因で脳に障害が出たケースが、友人のお子さんなど、たくさんある。
私は「私が産まなきゃ誰が産む!!」と、気合を入れて、出産ホルモンが出るマッサージやスクワットをした。それと点滴の効果は次第に出て、2日目、陣痛も起き、赤ちゃんの出口はもう、いつでも通れるように完璧に開いた。私は分娩台で脚を開く。
しかし、本人(赤ちゃん)は、どうか。何だか、ちっとも生まれてこようという意志がなく、子宮の中で遊んでいる。「まだ生まれたくな~い。」と言っているようである。しかし、もう羊水は黒緑色に濁ってきており、このまま子宮の中では生息できない。
普通この状況では、胎児は遊ぶのはとっくにやめて、おとなしく、子宮の下の方に入り、仕事にとりかかる(つまり、産道を進もうとする)はずなのに、この子は、産まれるのがいやなのか?
何時間もかけて、経腟分娩できたけど、それは、私が本人の意志を無視し、無理やり生んだのである。医師にお腹を押してもらって。
この出来事で、私の人生観は、変わった。
生まれてきたくない人もいるほど、この世とは、苦に満ちた世界なのかなーと。
実際生まれてきてこの世界はどうだった?などと、きくまでもなく、生きててつらそうである。今後反抗期になって、もし、「好きでうまれてきたんじゃないんだからね!」とか言われたら、私、相当へこむだろうな。
下の子は出産誘発の点滴に素直に反応し、男らしくズバーンと生まれてきた(時期もちょうど予定日頃)ことがせめてもの救いである。